ルールと防具を考える@

廣畑徹(021030執筆)

はじめに

最近、獅子杯をはじめコンタクト方式の試合を催すことが多い。そのたびにルールをいろいろ考える。空手やテコンドーの試合ルールを考えるたびに思うことがある。それらを書いて整理してみた。

話はちょっと別な方向から入るが、先日、日本で サッカーのワールドカップが開催された。一流選手の足技は素晴らしい。人体の「手」「腕」以外の部位でボールを運びゴールに入れる。これがサッカーのルールである。手も使った方が面白いんじゃないか?と考える人はまずいないだろう。理由は、手を使うとサッカーではなくなるからだ。

 バスケやバレーボールにおいても、足 で蹴ってもよいというルールを考える人は恐らくいないだろう。確かに人体のあらゆる部位を使った方が合理的だが、各スポーツの特色 がなくなる。

学生相撲は相手の顔面を張ってはいけない。大相撲でも握りこぶしで突いてはならない。張り手を正拳に変え、顔面に防具をつけた大銀杏の力士がいたらちょっと気持ち悪い。それは国技ではないような気がする。でもちょっとは見てみたい気もするが。

しかしこのような例もある。ラグビーはボールを自分より前にいる人に投げてはいけない。後に投げながら前に進むところにその面白さがある。しかし、合理的なアメリカ人は、後だけでなく、前にも投げられるようにルールを改良し、怪我をしないように全身に防具をまとった。それがアメリカンフットボールである。

格闘技、特に私たちが日頃稽古している立技系格闘技においては、ルールがどのような意味を持っているか、またどのように設定したらいいのだろうか?

30年前の話から

今から30年くらい前の話だけど、私が高校生のころ、当時通っていた糸東流の道場では、顔面以下はまともに突き、しかも 、蹴りも加減せず全部、相手に当てていた。たまには顔面にも突きや蹴りが当り、歯が飛んだり鼻が折れたりすることもあった。一応、全空連ルールの試合に出ている道場であったが、試合以外の稽古は実践そのもので、アバラの骨折は怪我のうちには入らず、折れたことを他人に漏らすことは恥ずかしかった。 それは未熟を露呈することになるからである。

稽古の内容は今から考えると無茶苦茶で、準備体操もせずにすぐ組手をしたり、二時間、四股突きをしたり、また、稽古時間のほとんどが話で終わったこともある。当時の稽古というのは、道場でするものではなく、各自が毎日練習して、稽古がある日に、練習したものを試すという稽古の方法がとられていた。今から考えると苦笑 いするが、鉄下駄を履いて走っていた時代である。 柔道一直線というテレビドラマでも主人公が鉄下駄を履いていた。鉄下駄で直蹴りの練習をすると鼻緒で指の間が摺れて痛い思いをしたものである。小林先生なんかも経験あるに違いない。

ボコボコにしばきあう、いわゆる道場組手と言われる稽古の方法だったが、寸止めするのは試合の時だけであり、試合のルールは、稽古の時は関係 がなく、また試合のための練習もしなかった。だから試合ではあまり勝てなかった。それが良いか悪いかは、各個人の考え方によると思うが、私は、このときに空手の本質を叩き込まれたような気がする。

また、そのころの空手のルールも「先取り」制ではなく、突かれても突き返してダメージを与えたならば、後者の攻撃を評価するというものであった。今の硬式空手道には若干、この風潮が残っているみたいだ。

また「つのだじろう」の漫画や作家「梶原一騎」などの影響で、極真空手の「実践」ブームが沸き起こったのもこのころだ。彼らの稽古を見て、今更「なぜ当てることを誇張する必要があるのか。拳による顔面への攻撃が無いのはおかしい」と不思議に思った。私たちは、直接打撃ルールに加えて、正拳による上段攻撃を行っていたからである。そのころの時代はまだ「フルコンタクト」という言葉すらなかった。

そして、寸止め空手(後で伝統空手と表現される)が理解できない人々や直接打撃にあこがれた人々は、コンタクト方式の空手に はしってゆく。それはそれでいいのではないかなと思った。どんな空手をしようが、自分のしたいことをやればいい。自分の空手だけが本物だと いうことはないはずだ。

今ならもう笑い話になってしまうが、道場の前に来て、ガラス越しに怖い先輩が来ているのを見て、稽古せずにそのまま帰ったことがある。この時は後で悔やんだ。怖いのが先にたって帰ってしまったのである。 その後、私を見て練習せずに帰った後輩もたくさんいたらしい。後で聞いた話である。

その後、ブルース・リー主演の映画「燃えよドラゴン」が爆発的ブームを呼び、カンフーが大流行した。いわゆる格闘技ブームの登場である。空手、拳法など、どこの道場も満員。私の道場でも稽古できないくらい練習生が押し寄せた。ヌンチャクを使える人はいないか?と映画出演を依頼されたこともある。 高校生はみんなヌンチャクを持っていたものだ。ゴムのやつは痛くないが、木製のものは指の先に当たると痛かったものだ。

このころの伝統空手の稽古は、武道としての 伝統を継承しようとする者、形や分解など古来の空手を継承する者、試合に勝つ練習こそが空手の練習だとするものに分かれてい たような気がする。もちろん、それらを両立させようとしたものも多い。 私は、どちらかと言えば、道場の練習自体が全く試合の練習を含んでいなかったので、伝統の技術を習いながら試合前は試合の練習をしたいと思っていた。

空手を始めて間もないころ、試合場での大学空手部の試合運びは綺麗だった。寸止めの試合に出たところ、ポイントを取ることがうまい選手がいる。これは、殴り合いだけをしていては勝てないと 思い、空手の試合(当時の寸止め空手)に勝てる稽古をしようとするが、道場の先輩から「試合用の稽古なんかするな。空手は武道や」と いうような意味のことを言われ、なかなか試合用の稽古ができなかった。

その後、試合用の稽古もするようになったところ、ちょっと勝つようになってきた。なんや前の拳を伸ばすだけで勝てるやん。こんなん空手の試合と言えるのかなあ?

空手の稽古とはいったい何だろう?競技か?武道か?精神修養か?

全空連ルールの変革

30年くらい前の寸止めルールというのは、一本勝負で、技あり二本で一本勝ちであった。一本勝ちの規定というのは、完全無防備の状態において攻撃を極めた場合か技あり二本であった。完全無防備の状態というのは、こけた状態かバランスを失った様な状態であり、相手に足払いを掛けるのが流行ったものである。足払いを掛けられてバランスを失った時に上段を突かれるとそれで負け。どちらかというと競技空手よりは武道の一本勝負に近かった。

また、攻撃部位や攻撃箇所によるポイントに差はなく、追い突きで突こうが逆突きで突こうが顔面を蹴りで極めようが、全部「技あり」であった。だから危険を冒すような攻撃はあまり見られなくなっていった。変な蹴りをしようものならば、かえって墓穴を掘って一本負けしてしまうからである。

中段の相突きなどは、同時であれば威力のあるほうが技ありをとったこともある。威力とは相手に攻撃が当っていることを認めたことになり、これは、寸止めルールの矛盾でもある。なお、その後、 相突きは双方とも取らない風潮が蔓延していった。相撲の行司は必ずどちらかに軍配を上げないといけないが、空手にはそういう規定はないからである。また審判も「合い突きのため取りません」というのは楽である。

その後、全空連の試合は、攻撃が単調化していった。極め技は、墓穴を掘りにくい突き技が大半を占め、蹴り技はあまり見られなくなっていった。反面、選手の動く速度は年々増し、審判も訓練しないと目がついていかなくなっていった。突いてもしてないのに引き手だけで突いたように見えてしまう・・・それでも一応 ルール上ではポイントだ。

そして、その後、全空連ではオリンピック参加の問題や試合における空手の技のバリエーションを増やす目的等で、技の種類によりポイントを変えたり、上段蹴りを他の技よりも高く評価した改正ルールを施行しだした。また、それらは現在に至り「有効」「技あり」「一本」の三種類に分けられ、得点差との兼ね合いにより勝敗が決し、ある程度、競技法としては高いレベルに来たと思う。しかし全空連ルールには空手競技における最大の矛盾点がある。

全空連ルール及び防具の変化
全空連ルールの矛盾点

はAにつづく